モンゴル旅行記 2日目
完全に書くモチベを失っていたのですが、たまたま人と会って話をしたのをきっかけに、定期的に書いた方がいいなと思ったので、またぼちぼち書くことを再開することにした。
というわけで、とりあえず過去の思い出を振り返る意味でも、書きかけの記事を書き切ることからやってみることにする。
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ゲルにたどり着いた夜は、とんでもない豪雨、風、雷で、周囲を見渡すタイミングなんて一切なかった。街灯も一本もなかったので、自分がどんなところに宿泊しているのかさっぱりわかっていなかった。
だから朝、ゲルから出てみて驚愕。

宿までのドライブで多少見たとはいえ、やっぱ大陸すぎるぜ。。。
日本の、しかも東京や大阪に住んでると、地平線なんて見る機会ほぼないからね。
だいぶ感動したので、朝食前に少しゲルの周囲を散歩。

この辺りは舗装された道路がないため、かなり離れた舗装道からゲルまでの間に轍ができていた。
ゲルって遊牧民のテントのはずだけど、なんで轍ができてるの?と思うかもしれない。
実は止まったのは遊牧民のゲルではない。日本人観光客向けにゲルの宿泊体験や乗馬体験を提供している人たちの施設で、経営は日本人だが現地の運営は一つのモンゴル人家族が住み込みでやっているらしかった。
そのためゲルはコンクリの基礎の上に建てられていて、いつでもバラせる構造ではあるものの、多分そんなことはしてなかったんだと思う。トイレ、シャワーは近くにコンクリでできた小屋があって、貯水タンクの水を発電機で温めて浴びることができた。
ガチの遊牧民ではないことが窺えるものは他にも。

土地の境界線である。写真左側がわれわれの宿泊したゲルがあるの領域。写真に写っている建物が誰のものかはわからなかった。
なるほど、土地を分割して自分のものとするという概念はあるみたいだ。。。とは思うものの、まっすぐ引けば良いものを、なぜこのような境界線になるのか。
というかそもそも、道路も街も集落もないだだっ広い草原から、ある場所を選び取って「ここを我が土地とする!」と決めている感覚が想像もつかない。だって日本で生まれ育つと経験できない感覚すぎないか?
土地というものはみみっちい範囲をちまちま削りながら他者と奪い合うものだと思っていた。集落があり、それらをつなぐ道ができ、やがてそこに人が集まって新たな集落や街が生まれてゆくというサイクルがある。そして人は生まれ落ちたら必ずその中に放り込まれて、みみっちい範囲からもっとみみっちい部分をなんとか削り取ってそこにかじりついて暮らすものだ、そう生きるのが人間なのだと思っていた。
だが、ここはたぶんちょっと違う。そんなことモンゴル来るまで知らなかったよ。
一旦ゲルに戻る。

朝飯を食ってしばらくすると、とうとう乗馬の時間🐎
この旅の本来の目的である。
馬を繋ぎ止めている場所で、各人の体格にあった馬を連れて来てもらう。

馬たちの名前を聞いてみると、どうやら体の色で呼ばれているらしかった。名前、耳馴染みのない単語すぎて、何度か聞き直したけどよくわかんなかったんだよな。
午前中は馬の背中に慣れる時間だった。
どこにいく、などという説明は一切受けずただ馬の背に乗って、ガイドたちについていく。
これ、意外とケツがやばいかも?とじわじわ気づきはじめたあたりで、突然ガイドたちが止まる。
ガイドの中で一番若手の、カタコトだが唯一日本語を喋れる自分たちよりちょっと年下の男が、ここで休憩すると伝えてくれた。

このピアスの青年はこの日ずっと帯同してくれた。
結構びっくりだった。
目的地もなく草原をさまよって、なんとなく休憩。
まあ翌日はかなり遠出をするからこの日はその慣らしであるということはツアーの行程表に書いていた。しかしそれにしても、ちょっと近場の〇〇へ、みたいなこともない「ガチ平原ど真ん中どっかり休憩カマシ」。。。新鮮さを感じた。
目的意識とか、本来ヒトの一生にはいらないっスよね、、、!

尿意をもよおすとこうするしかないくらい何もないところ。
そんなこんなで現地の馬にも慣れたところで一旦ゲルに帰ってきて、外でダラダラしていると*1、ガイドのあいつがエグいことしてる。
これがこの日の晩御飯になる。
実はこの旅行にオプションでついているホルホグという料理のメイン食材。
15000円ほどの追加料金で食べられるということで気軽に頼んでいたが、外でダラダラしているところにいきなり四肢を縛られてゼエゼエと息を切らす羊を放り込まれて、奇妙な高揚感とショッキングさで、しばらく釘付けになっていた。
子供みたいに空気を読んで命の重さを実感しているみたいなふりをすることもないし、いつも食ってる肉がもともとこういう形をしていることは知っているが、それでもやはり普段スーパーで肉を買うのとは全く違う感情ではあった。
こいつは後で捌くということで、軽く昼食を食べて(写真は撮り忘れた。それくらいしょぼかった気がする)、そしてまた午後の乗馬タイムに。
午後は小高い丘に登って風を浴びたりした。
すげえな、と思った。
小高い丘に登って風を浴びるなんて、ファンタジーのお嬢様かよと思うくらい意味がわからない時間の使い方なのだが、ほんとうにほんとうに、気持ちが良かった。
大陸の風はカラカラに乾いていて、暑い日差しでじんわり滲んだ汗をあっという間に乾かしてしまったことを覚えている。
そうして馬の背中にもだいぶ慣れ、帰り道には爆発しそうなケツにかかる体重の逃し方もわかってきていた。
ゲルの近くまで帰ってきた時、なんか動いている白黒モザイクを遠目に発見。
近づくとそれは、ガイドたちの知り合いの人間が放牧している山羊や羊たちだった。
所有者がバイクに乗りながらそれらを移動させているところだったようで、馬に乗っている自分たちもそれっぽく参加。
こいつらもこんなに従順に動いてくれるんだからすごい。
家畜ってほんとに、人間が作り出したシステムに最初から織り込まれてたパーツみたいに、都合よく動くんだなと思った。DNAに家畜としての動きが刻まれているみたいに、なんかわけわかんない鳴き声を発しながら、動いていく。
馬もそう。みんな何かの機能を果たすパーツみたいに。
家畜おもしれー。
そうしてまたゲルについたら、さっきガイドが縛り上げて運んでた羊をどうやらさばくらしいってんで、見物にいく。

いろいろ思ったことはあるんだけど、一番感動したのは、現地人がみんな結構ヘラヘラというか、和気藹々とした空気の中で捌いていたこと。
漂白された命ばかり食ってる私たち*2は、命に感謝して祈りなんぞ捧げながら捌く様子をどうしても期待してしまっていたので、ちょっと恥ずかしくなった。
道徳の授業じゃなくて、「生活」なんだってことをここで実感した。にんじん切るのも生活だし、羊を殺すのも生活。*3
これから作る料理は遊牧民のご馳走らしく、みんなテンションが上がってたのかもしれない。そういう空気を感じ取った我々も、ウンチが入った腸が臭いとか、そういう体験がいちいち新鮮で終始ワクワクで見物。
調理法も見たことないもので、遊牧民のメシなんだなと感じる。
羊肉なんてジンギスカンでしか食べたことないので、肉を焼けた石と一緒に鍋に入れて蒸し焼きにして食うなんてもちろん経験がなく、いままで食ってきたメシのなかでもかなりわくわくする部類だった。
完成して盛り付けられるとこんな感じ。

未知の食体験。
味の感想は、まあ当然、日本のうまい焼肉とかとは全く違うなという感じ。
正直筋張ってるし、食ったことない謎の脂肪体みたいな部位とかもはいってて、なかなか日本人の舌には驚きが多かった。でも肉はかなり野生味を感じられてうまかったし*4、ナイフで骨からこそげ取りながら食べるのも新鮮な体験だった。
一緒に食べていたガイドの青年は標本でも作るのかというくらい綺麗に肉を骨から剥がして食べていて、それもまた良かった。ウランバートルに住む都会っ子で、日本でいうリゾートバイト的な感じで来ているらしかったが、十分立派なモンゴル人に見えた。
そんなこんなで飯を食ったあと、乗馬でへとへとだったのでそそくさと自分たちのゲルに戻り、就寝。
色々思い出しながら書いてると、また行きたくなるな。
4日目〜最終日に続く!
モンゴル旅行記 1日目
1日目
午前11時ごろ
浅草、八王子、川崎、そして大阪から、偉大なるモンゴル旅行の選ばれしメンバーたちが成田空港に集結。
大阪からの1人が可哀想だということで、集まってまず最初にそいつの分の大阪→成田の飛行機代をワリカンした。
成田空港は基本的にLCCでしか使ったことがなく、、、というか海外旅行が初めてだったので、国際線のターミナルの見慣れなさに終始そわそわ。
↑愛想のない声色がロボット然としていてなんとも愛くるしいパトロールロボ。
初めての国際線搭乗手続きは、ペチャクチャ喋っていると拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。あらゆる手続きはパスポートさえあればなんとかなるということがわかって感動するとともに、これ海外でパスポートを無くしたらヤバすぎる、、、と認識。
紛失時の対応をググって、いろいろ連絡して大使館に行けばなんとかなるということがわかり一安心したが、同時に日本みたいな外交ネットワークの大きな国*1*2に住んでいてよかったとも思った。
円安とか色々あるけど、日本人であれば地球上のどこでパスポートを無くしてもたいていその国の領事館や大使館で再発行して帰国できるのだとすると、地味にすごい。
そんなことを考えているといつの間にか搭乗時間に。
航空会社はMIATモンゴル航空というところで、黄色で逆三角形に象られた馬のロゴがめちゃくちゃティターンズのロゴ*3に似ていた。
いろんなものに触れたかったので、機内では機内誌を読み込んだ。モンゴル人バスケ選手が頑張ってることが書いてあったが、結局あとはモンゴル美女の顔立ちが大体3タイプくらいだなとかしか覚えてない。
着陸した直後、モンゴル人たちが一斉に拍手し始めたのが面白かった。飛行機事故がこわかったのかアースノイド至上主義者が大地を讃頌していたのかよくわからない。

モンゴルについたのは現地時間で午後7時すぎだったが、あたりはまだまだ明るくて、本当にユーラシア大陸に来ちまった感があった。*4
空港で無事荷物を回収し、現地ガイドと合流。
今回利用したツアー会社は日本人が運営しており、そこで働く現地人たちも日本への留学経験がある若者ばかりだった。
出迎えてくれた方も単語レベルであればわかる様子で、空港出口まで車を回してやるから待ってろ、と片言で伝えてくれた。
そんな手厚いサービスに浮かれていると、さっきの写真からものの数分でこの大雨。
動画だと伝わりにくいが、日本では年に数回しか経験しないような大雨だった。
人生初経験の「雨季」。まじ大陸。
宿泊地までの道中では降ったり止んだりが続いて、しかもこれが夜8時半とかなので、大陸にも程がある。
↑空港出てすぐの風景。夜20時半の夕焼け。

↑雨粒にシバかれただけでこのはしゃぎようである(本人未許可。ごめん。でも良すぎた。)
ちなみにモンゴルを走る車は、体感としては9割がトヨタ車で、そのうち8割はプリウスだった。
自分たちが乗った車もプリウスで、動画にあるようにインパネ系は1ミリもローカライズされてない様子。もちろんカーナビのソフトも日本車のままなので、地図情報が表示できないせいか画面ではずっと燃費情報を表示させていた。
思わぬ地で出会うカーナビの知らない機能。。
そうこうしていると、道中のあまりにも大陸すぎる果てしない一本道で、果てしない渋滞が対向車線に出現。
ナーダムという祭がその日まで行われていたようで、皆帰路についているところだ、と説明を受けた。相撲やったり競馬したりと、伝統的な競技で国体みたいなことをやってるらしい。どうせならモンゴル相撲も見たかった。。。
2時間ほど車を走らせて、宿泊予定のゲルに到着。ウランバートルから離れた田舎の地域なので、かろうじて発電設備はあるものの基本的には燃料か太陽光の自家発電で、当然周囲に街灯など一切ない。宿の周囲に何があるかなどは全くわからなかった。
「明日以降は晴れる」という現地ガイドの言葉を信じつつ、なんとも言えないしょぼめの晩飯を食って就寝。


7月でも雨の夜は寒く、この夜は暖炉で火を焚いた。
馬乗りまくり暴れまくりの2日目に続く!
*1:世界6位らしい
*2:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2022/html/chapter4_03_02.html
*3:ティターンズ (てぃたーんず)とは【ピクシブ百科事典】
*4:この旅ではひたすらこれを実感することになる
モンゴル旅行記 前日譚
半年近く前に行ったモンゴル旅行での体験があまりに鮮烈で、今でもたまに写真を見返したりする。
生まれて初めての連続だった鮮烈な思い出をいつまでも脳みそのキャッシュに残していては、あまりにも「現実」すぎる日常生活の動作なんて気だるくてしょうがないぞ、、、ということで、やっと重い腰を上げて、旅行記なんて書いてみようと思い立った。
前日譚
正月に地元に帰った。文字にするとなんてことはないが、友人の少ない自分にとっては帰る理由もそう多くはなく、帰るのは2年ぶりだった。
しかも帰るぞと腹を括ったのは帰省する3日ほど前だったのだから笑える。自分含め4人が所属する高校同期のグループラインで1人が「帰省する?」と声をかけ、他2人が応じた。それを見た自分は、自分にも帰省する理由ができたのを待ってましたと言わんばかりに帰省を決めた。
友人が少ないと言っておきながらちゃっかりグループラインには所属しているじゃないかと言われそうだが、所属しているグループに帰属意識を持てない人間こそが本当のどうしようもないマンであるという説を自分は唱えたい。いたって本気です。
ちなみにあまりに急だったため飛行機はすでに席がなく、社会人なのに惨めに激せま夜行バスだった。まあ車内でファーストラブ全話見れたからいいんだけどね。
そんなこんなで正月に集まって飲み始めて、いつしか話題はある1人が始めたという乗馬の話になった。
乗馬て。
八王子に暮らすその友人は、休日やることがないので成田空港近くの乗馬クラブにひとりで通っているという。どんだけ遠いんだよ。しかもひとりかよ。でも、そいつにとっては当たり前であろう「やりたいと思ったからやってみる」ということが、昔から何事も冷やかすばかりで行動出来なかった自分にとっては内心羨ましく感じられて、茶々入れながらもいろいろ質問してた記憶がある。
そうこうしていると調子づいた1人がつぶやく。
「草原行きたくない?草原で馬、のってみたくない?」
いいな、楽しそうだなと羨ましく話を聞いていた自分はこの言葉に天啓に打たれた。
小さい頃からいろいろあって抑圧的な生活を送ってきたという自意識を持っている自分は、海外旅行というごくごくありふれたレジャーでさえ選択できなくなっていたことにようやく気づいた。
そうじゃん。自分もできんじゃん。行けんじゃん!どこでも!モンゴルでも!ということで、数回のおたのしみMTGと乗馬クラブでの乗馬練習、現地のエージェントとのプランのすり合わせを経て、ついにその日がやってくる🐴🐎
「ハッピーアワー」観た
金曜、家の近くの映画館で濱口竜介「ハッピーアワー」上映会があるってことで、急遽午後休をとって観に行くことにした。
5時間以上ある映画とか観るのはじめてでなぜか緊張さえしてたんだけど、結果としてはめちゃくちゃ面白かった。
「偶然と想像」を観たのがきっかけで濱口作品に興味が出てきたので、地方都市で上映会なんてこんな機会しかないぞと思ってわざわざ午後休とって観た。
めちゃくちゃ面白いと思ったポイント、というかこの映画の好きポイントは、「演者の顔がキャラクターの顔にしか見えなくなる瞬間が何度もあった」ような気がしたこと。
ただの役者で、嘘を演じているだけのはずの人々の顔が、スクリーンの外でも生活を続けてきた、その人独自の歴史を持つ独立した人間として見える瞬間がいくつもあった。
それを感じるのは、湛えられたシワからだったり、向けられたまなざしからだったり、5時間以上ある上映時間の中でしばしば繰り返され次第に「またか、、、」と思うようになったようなそのキャラクターらしい行動からだったりした。
驚くべきはそれが普段我々が「演技」として見慣れている行為の経験値をほとんど持たない人々によってなされたことだと思う。聞くところによると監督たちは脚本のほかにサブテキストと呼ばれた、映画本編では取り上げられていない登場人物の行動履歴などが示されたものを用意していたらしい。
それが先述した演技の特徴に繋がっているとすれば、こうした素晴らしい演技のために必要なのは経験などではなくて、ただひたすら緻密で周到な準備と、それを遂行するための綿密な意思の共有でしかないのではないかとさえ思う。
以前「偶然と想像」を観たときは、めちゃくちゃ面白い脚本だ、、、!みたいなことを思った記憶がある。でもそれってたぶん演者の演技がすごく自然(というかすごく見慣れた形式の演技を上手にプレイしている、と言ったほうが近いかも)だったので、脚本にしか目がいかなかったからではと思う。
「ハッピーアワー」にももちろん脚本がすごく面白いっていう感想は抱いてたんですが、それ以上に演技に興味が沸いてしまった。
物語が書かれるとき、読む人が何も考えなくても、書かれたことだけがキャラクターの全てとして受け取られる。
でもそれが誰かによって演じられるってなると、そこには演者の体が介入してくることになって、キャラクターを表現するもの、世界を形作るものがテキスト以外にも存在することになる。
小さい頃からドラマとか映画とか、当たり前の娯楽として触れてきて気づいてなかったけど、演技っていうのは演劇において半端なくデカい要素だったんだと、改めて気づきました。
こういうこと考えていると、ふだん何気なくいてるテレビドラマとかもずっと観るところが増えて楽しくなっていい。